型破りな外科医の危ないコレクション ハンテリアン博物館

イギリス・ロンドンのリンカーンズ・イン・フィールズにちょっと変わった博物館がある。
イングランド王立外科医師会の管理するハンテリアン博物館。18世紀の高名な外科医ジョン・ハンターが集めた沢山の医学標本が展示されている。

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近代医学の父、ジョン・ハンター

John_Hunter_by_John_Jackson

ジョン・ハンターの肖像画。右上にあるのはチャールズ・バーンの足の骨。

ジョン・ハンター。18世紀イギリスの外科医・解剖学者で、「近代医学の父」などとも呼ばれる。
当初、医師だった兄の助手として働いていたが、手先の器用さから手術や標本作製などで頭角を現し、自らも聖ジョージ病院の外科医となり、解剖学講座を開くようになった。
当時主流だった瀉血や水銀治療などを否定し、安易な手術にも否定的するなど、当時の医学界では異端だった。
解剖講座では学生達に詳細な観察や比較、推論を厳しく求め、近代医学の発展に寄与した。

一方で、ジョン・ハンターは標本の収集家としても知られている。
元々、彼は兄の講座で使う解剖用の死体集めを裏で行っていた。増え始めた医学校に必要な死体は犯罪者だけでは足らず、慢性的な死体不足に対応するため、墓荒らしなどの荒っぽい手段で大量の死体を集めていた。
医師として高名になった後も、珍しい奇形や病気の人間の遺体や世界各地の珍獣などを様々な手段で集めた。

哀れな巨人の骨格標本

コレクションの中でもとりわけ有名なものの一つが、チャールズ・バーンという巨人症の男性の骨格標本だ。バーンは身長249cmもあり、ロンドンの見世物小屋で一世を風靡したこともあるのだが、22歳の若さで死去した。
ハンターはバーンの死体を狙い、彼がまだ生きている時から監視を付け、骨格標本を作るために特注の巨大鍋を用意していた。
バーンも監視には気付いており、友人達に亡骸を奪われないよう海に沈めるよう依頼していたという。しかし、彼の遺体は賄賂を受けた葬儀業者からハンターの手に渡り、骨格標本になってしまった。
今も彼の骨格標本は、ハンテリアン博物館の目玉の一つとして展示されている。

Hunterian_Collection

博物館内部。中央がチャールズ・バーンの骨格標本。

死後、ハンターのコレクションは遺言によりイギリス政府に売却され、現在はイングランド王立外科医師会が管理している。
ジョン・ハンターの人生については、ウェンディ・ムーアの『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』に詳しい。とにかく行動力があり、破天荒で型破りな人物だったようだ。
イギリスに行ったら、この博物館にはぜひ立ち寄りたい。

参考
Hunterian Musiam(公式)
ジョン・ハンター (外科医) wikipedia 画像はここから転載。
解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯 ウェンディ・ムーア 河出文庫

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