日本ではフランス革命における悲劇のヒロインとして名高いマリー・アントワネット。パリにはその彼女が幽霊として現れるとされる場所がいくつかあるのだが、その中でも特に有名な事件が「トリアノンの幽霊」である。1901年8月10日、イギリス人教師のシャーロット・アン・モーバリーとエレノア・ジョルダンが、ヴェルサイユ宮殿で小トリアノン宮殿を散策中に不可解な体験をしたのだ。
18世紀にタイムスリップ?
1901年8月10日の午後、パリ旅行中だったシャーロットとエレノアはヴェルサイユ宮殿へと赴いた。ヴェルサイユ宮殿を観光したのち、二人は庭園を小トリアノン宮殿を目指して散策していた。だがその途中、突如として周囲の雰囲気が一変し、奇妙で重苦しい感覚に襲われたという。

その後二人が目にした光景は、20世紀初頭の観光地のものではなく、18世紀後半、フランス革命直前の時代を思わせるものであった。古めかしい制服を着た兵士、古風な農民風の女性や少女と出会い、その人々に道を尋ねたという。
このとき、シャーロットはスケッチ帳を持って座っている女性を目撃している。彼女は後に、彼女こそマリー・アントワネット王妃であったと確信した。またエレノアは、庭園の建物の前で古い衣装を身に着けた人々が結婚式のパーティーのようなものに参加している光景を目撃したと述べている。

周囲の雰囲気は奇妙で、音や光もどこか歪んでいるように思えたという。2人は「まるで18世紀にタイムスリップしてしまったかのような感覚に襲われた」と報告している。やがて周囲の光景は現代的なものに戻った。
本を出版、ベストセラーに
イギリスに帰国した二人は、自らの体験の信憑性を確かめるために歴史的資料を徹底的に調査した。そして、目撃した庭園の建物の配置や服装、人物像が、マリー・アントワネットが寵愛した1789年頃のプチ・トリアノンの姿と一致していたことを発見した。
1905年、シャーロットとエレノアは自らの体験をまとめ、『An Adventure(冒険)』という本を出版した。時はまさにオカルトブームのまっただ中。この本は瞬く間に注目を集め、多くの愛好家や研究者たちがこの事件に興味を持つようになった。

一方で、本には多くの批判や疑問も寄せられた。懐疑的な研究者たちは、この体験を単なる幻想や錯覚、あるいは誤解だと指摘した。その一つは、事件当時、ヴェルサイユでは歴史的な衣装を着たガイドや再現イベントが行われていた可能性があったというものだ。シャーロットとエレノアは、そのようなイベントにたまたま出くわしただけではないかというのである。また、2人がこの事件について詳細な調査を行う過程で、事実を誇張したり、想像力を膨らませたのではないかという指摘もある。
トリアノン事件は、ヴェルサイユ宮殿にまつわる多くのミステリーの中でも特に異彩を放つ出来事である。しかし当事者となった女性たちの高い社会的地位と教養が、この話を単なる作り話ではなく、「時間旅行」または「幽霊の目撃」として真剣に議論させる要因となった。真偽のほどは不明であるが、トリアノンの幽霊事件は現在に至るまで人々の関心を引きつけている。
参考
トリアノンの幽霊(Wikipedia) 画像は全てここから引用