村ごと消えた100人以上の開拓者 ロアノークの失われた植民地の謎

一つの集落に住む全員が姿を消し、その後の消息は一切分からない……北アメリカへの植民が始まったばかりの頃、イングランド最初の植民地でそんなミステリアスな事件が実際に起きている。消えた開拓者は100人以上、北アメリカ大陸で初めて生まれたイギリス人の赤ちゃんも含まれていた。

ロアノーク島の位置(Google Mapより)

暗号を残して消えた人々

16世紀末、イングランドから北アメリカ大陸への植民がまだ始まったばかりの頃のこと。当時の英女王エリザベス1世の寵臣ウォルター・ローリーによる遠征隊の一団が、現在のノースカロライナ州にあるロアノーク島にイングランド最初の植民地を作った。

先住民とのトラブルで第一陣は失敗するも、1587年に第二陣が送られた。隊長はジョン・ホワイト。遠征隊の中には妊娠中だった娘エレノア・デアも含まれていた。7月22日にロアノーク島に上陸、8月18日にはエレノアがヴァージニアという娘を出産する。北アメリカで生まれた最初のイギリス人の赤ちゃんだ。

ヴァージニア・デアの誕生(Wikipediaより)

だが、前回のトラブルもあって、開拓団は近隣に住む先住民と早々にトラブルになってしまう。ホワイトは援助を求め、娘夫婦と孫を含む80人の男性、17人の女性、11人の子供を置いて、本国へと戻ることとなった。

ホワイトは何とかイングランドに帰国することができたが、間の悪いことにスペインとの戦争が勃発、アメリカに戻るための船がなくなってしまった。何とか補給船を送ろうと手配したものの失敗してしまう。3年後の1590年8月18日、折しも孫娘の誕生日に、ホワイトは知人の船に頼んでようやくロアノーク島に戻ることができた。

だが、島からは開拓者たちの姿が消えていた。「CRO」という事前に決めていた暗号が見つかったが、これは彼らが島を去ったことを示していた。その一方で、危機を知らせる暗号であったマルタ十字は刻まれていなかった。村は荒廃しきっていて、建物は解体され、生活の痕跡もまるで残っていなかったという。以前はなかった防御柵が作られていたが、戦闘があったような痕跡もなかった。

残っていた柱に「CROATOAN」という文字が刻まれており、ホワイトは開拓者たちが南にあるクロアトアン島(現在のハッテラス島)へ移住したのだと考えた。だが、運悪く嵐が近づいていたため、船は出発を急いでいた。十分な探索をすることもできないまま、ホワイトは母国へと戻ることとなった。

島に戻ったホワイト(Wikipediaより)

その後もホワイトは何とかロアノーク島に戻ろうとしていたようだ。しかし、すでにローリーはロアノーク島への植民計画に見切りをつけており、ホワイトがアメリカ大陸に再び足を踏み入れることはなかった。

それから十数年後、ロアノーク島から北へ150kmほどの場所にイギリスの新たな植民地ジェームズタウンが作られた。ロアノーク島とクロアトアン島に消えた入植者の生存者がいるとの噂が流れ、何度も捜索隊が送られたものの、結局発見には至らなかった。

消えた人々の行方は今でも分からないままだ。

開拓者たちはどこに消えたのか?

一番有力な説は、近隣の先住民と同化したというものだ。1990年代にはクロアトアン島の先住民集落の跡地で、入植者の遺物とみられるものが出土しているという。この島を含め、各地の先住民は逃げてきた開拓者の一部を仲間として受け入れた可能性は高いという。実際、ノースカロライナ州の一部先住民の間には「先祖に白人がいた」との伝承が残っているそうだ。この説を証明すべく、住民のゲノム調査も進められている。

一方で、悲惨な末路をたどったとの説もある。小さな船を作り海へ漕ぎ出したものの、遭難して全滅してしまったというものだ。また、ジェームズタウンでは1609年頃の飢饉の際、食人が行われていた形跡も発見されている。追い込まれたロアノークの人々も似たような状況で食人を行ったが、最後には全滅したのではないかという説もある。

ヴァージニア・デアの伝説

ロアノーク植民地のミステリーはアメリカ人の間で広く知られているのだが、とりわけ注目されるのはホワイトの孫娘ヴァージニア・デアだ。北アメリカで生まれた最初のイギリス人である彼女が一体どのような運命をたどったのかは、この事件が知られ始めた当初から人々の関心の的だった。

彼女がどのような生涯を送ったのかは分からない。幼くして死んだかもしれないし、先住民と共に生きて子孫も残したかもしれない。だが、いくつか手がかりとなりそうなものも存在する。

そのうちの一つが1937年に発見された「デアの石」だ。ヴァージニアの母エレノアが刻み込んだとされるもので、夫と娘は死に、開拓者は7人を除いてすべて野蛮人に殺されたと記されており、この石を見つけたならば父ホワイトに伝えて欲しいと書かれていた。

デアの石(Brenau Universityより引用)

また別の資料によると、ロアノーク島から人々が消えて十数年後、ある先住民の集落にイングランド人の若いメイドがいたことが書かれているという。この女性こそがヴァージニアだったという可能性が指摘されている。

現在ロアノーク島はノースカロライナ州デア郡となっている。デア郡の名はヴァージニアにちなんで付けられた。ノースカロライナのヨーロッパ系白人の間では、ヴァージニアは彼らのルーツを示す重要な象徴となっているそうだ。

参考
ナショナル ジオグラフィック日本版 2018年6月号
The Dare Stones (Brenau University) 英語。画像はここから引用。
Virginia Dare (Wikipedia) 英語。画像はここから引用。
Starving Settlers in Jamestown Colony Resorted to Cannibalism (Smithnian.com) 英語

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