伝統とY染色体をめぐる混迷 『神の遺伝子・YAP』は実在するのか?

平成から令和に元号が変わり、にわかに活気付いた議論の一つが天皇の皇位継承である。この議論についてはあまり詳しくないので触れる気は無いが、男系にこだわり続けるべきとする人々の中に、天皇家に代々伝わってきたY染色体の『YAP遺伝子』が重要なのだという意見を頻繁に見かけた。

曰く、YAP遺伝子とは日本人のY染色体に特有の遺伝子で、縄文人から伝わる世界にも稀な遺伝子であるという。中にはYAP遺伝子は文字通り神の遺伝子であり、神に通じる特殊な能力を司っているとか、もっと怪しいものになると、日ユ同祖論の根拠の一つに使われていたり、祖先のエイリアン由来の遺伝子とされていたり、胡散臭さを通り越してアンタッチャブルな雰囲気すら漂わせている。

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YAPとは何か?

そもそも、ここでいうYAPとは、Y-chromosome Alu Polymorphismの略で、Y染色体の一部にAlu配列(制限酵素Aluで切断されることからこの名が付いた)が挿入された突然変異である。Y染色体ハプログループのうちYAPを含むのはEとDだけで、これらのグループを特徴付ける変異となっているそうだ。これまでの調査によると、現在の日本人男性の3〜4割程度がこのYAPを持っているという。

『YAP遺伝子』でググると「YAP遺伝子は神の遺伝子」と書かれたサイトが大量に出てくるが、YAPはあくまでY染色体上のDNA配列に存在する変異の一つに過ぎず、遺伝子そのものではない。

また、学術的にはこれとはまた別にYAPと呼ばれる遺伝子が存在するが、こちらはYes-Associated Proteinの略で、Y染色体とは何の関係もない。

というわけで、あちこちで見かける『Y染色体のYAP遺伝子』というような書き方は、そもそも科学的に正しくないといえるだろう。

YAPと天皇

実際のところ、天皇家の男性たちがYAPを持っているかどうかは不明だ。そもそも天皇陵の考古学調査すらできないこの国で、存命中の皇族はもちろん、歴代皇族の遺骨のDNA検査などできるはずもない。ネットに溢れる怪しい文章の中には過去の天皇の男系男子がYAPを持っていたという話も出てくるが、ほとんどは真偽不明で怪しい情報ばかりだ。

個人的に、天皇家がYAPを持っていない可能性は結構高いのではないかと思っている。日本国内におけるYAPの分布を見ると、本州よりアイヌや琉球で頻度が高く、さらに関西より関東でより頻度が高い傾向にあるのだ。要するに、古い都があった地域では比較的YAPの頻度が低いのである。

しかしながら、世界的に見ても支配者層と被支配者層が別の民族だというケースは珍しくないので、古代日本でも同じようなことが起きていたと考えればつじつまは合う。が、これを書いている奴は日本史ダメ勢なので、この推測はあくまで妄想にすぎない。

つまるところ、日本人=YAPと決めつけるのは間違いであり、天皇家=YAPというのも現時点では推測に過ぎない。皇室をめぐるあやしげなオカルト話の一つに過ぎない。

なお、元宮家出身で天皇の男系子孫である評論家もこの説の支持者の一人らしいのだが、当の自分のY染色体がどのグループに属するのか公表はしていないようだ(やればいいのに)。

とはいえ、皇族や旧皇族に近い立場の人、天皇家への崇拝の念が強い人ほど、こんな説には関わってはいけないと思う。もし仮にこの珍説がろくな検証もされないまま今以上に広がり、天皇家がYAP以外のY染色体ハプログループだと判明した場合(やらないだろうけど)、それこそ天皇というシステムに取り返しのつかないダメージを与えかねない。

科学史を振り返ると、宗教的権威を科学的に裏付けようとする努力はそのほとんどが裏目に出ている。それどころか、聖典の記述を裏付けようと研究を重ねた結果、聖典の方が間違っていたという挫折の積み重ねの上にあるのが今の科学である。『天皇家に伝わる神の遺伝子YAP』などと無邪気に主張している人たちは『だから天皇はすごい』と結論することがほとんどだが、彼らはこの辺の危うさを理解しているのだろうか?

参考
ハプログループDE(Wikipedia)
現代人のゲノムから過去を知る~Y染色体の遺伝子系図解析からわかった縄文時代晩期から弥生時代にかけておきた急激な人口減少~(東京大学)
次期天皇に女性が許されない“本当の理由”とは!? 「神の遺伝子・YAP」と「霊統」の“報じられない真実”(トカナ)

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