オーストリア史上最も危険な犯罪者と呼ばれた男 ヴェルナー・クニーセク

コロナ禍で映画が軒並み公開延期になる中、2020年7月に『アングスト/不安』というちょっと特殊な作品が公開されると耳にした。この映画、製作されたのはなんと1983年、しかも当時、本国オーストリアでも一週間で上映打ち切り、ヨーロッパ各国でも軒並み上演禁止となったという折り紙つきで、日本では『鮮血と絶叫のメロディー/引き裂かれた夜』というタイトルでVHSが発売されたのみだという。

興味を惹かれたのは、この映画がいわゆる「実話を元にした」系だったからだ。一体どんな事件だったのか?

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ヴェルナー・クニーセクという男

ヴェルナー・クニーセクは1946年11月17日、オーストリア・ザルツブルグに私生児として生まれた。父親とは会ったことがないという。学校の成績は優秀だったらしいが、学校の寮を度々逃げ出して精神科医にかかり、自殺未遂の経験もあったようだ。

ごく若い時期から暴力を伴う性的妄想を募らせていたらしく、14歳の時には年上の女性とSM行為に浸っていたらしい。息子を危険視した母親を鬱陶しく思ったのか、その妄想が母親に向いたのかは不明だが、15歳の時にはついに母親をナイフで滅多刺しにする事件を起こすに至り、この殺人未遂で懲役4年を課せられた。さらには釈放後の1972年、当時73歳の老女を銃で射殺する事件を起こしている。この事件で再び逮捕され、クニーセクは懲役7年6ヶ月に処せられた。

ヴェルナー・クニーセク。Wikipediaより引用

刑務所の中でも、クニーセクの殺人への欲求は膨らむばかり。そして1980年、ついに釈放されたクニーセクはオーストリア史上に残る残忍な事件を起こす。

ザンクト・ペルテンの一家3人惨殺事件

1980年1月16日、仕事を探すために3日間だけ釈放されたクニーセクは、街に出ると早速ピストルを購入、ザンクト・ペルテンへと電車で移動した。カーペットのセールスマンを装ってタクシーに乗って住宅地に向かったクニーセクは、一軒の家に目をつけた。

この家にはガートルード・アルトレイター(当時56)、その息子ウォルター(27)、娘のイングリッド(25)が住んでいた。間借りしていた21歳の男性がいたらしいが、たまたまこの日は不在だった。

クニーセクはこの一家と以前より面識があったらしい。その日の夕方、クニーセクがバスルームの窓から室内に侵入すると、家の中にいたのはウォルターだけだった。ウォルターは車椅子で生活を送っており、あっけなくクニーセクに拘束されてしまった。

やがて母と妹が帰宅した。ウォルターを人質に取られていたためか、2人もすぐに縛られてしまった。強盗だと信じた一家は金目のものや2万シリングの小切手を渡したが、クニーセクの真の目的はここからだった。

その晩、クニーセクは一家を一人ずつ拷問し、殺害した。最初はウォルターで、散々に殴った後に家族の目の前で絞殺したのである。次は母ガートルード。ショックからか心臓の発作で苦しむ彼女に、クニーセクは薬を飲むよう強要したという。そして、落ち着きを取り戻したら改めて暴行、殺害している。

そして最後はイングリッドの番だった。3人のうち最もひどかったのが彼女への暴行で、その遺体は血まみれであざとやけどだらけだったそうだ。数時間に渡る暴行中、イングリッドの婚約者が電話をかけてきた。電話に出たイングリッドは「今忙しい」と話したそうだが、もちろんその横にはクニーセクがいた。

一家3人とその飼い猫を殺害したクニーセクは満足したのか、その晩は血まみれの現場で自らが手を下した3人と並んで眠った。そして翌朝、3人の遺体をアルトレイター家の車のトランクに入れて街に出た。

小切手を換金して豪遊するクニーセクの様子があまりに異様だったのか、早々に警察へと通報があった。警察はすぐにアルトレイター家が襲われて一家が行方不明になっていることに気づき、その日のうちに死体が詰め込まれた車を発見、クニーセクを逮捕した。

クニーセクは終身刑を言い渡され、現在も刑務所で服役中とみられる。

参考
Wikipedia 英語
映画『アングスト/不安』公式サイト

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