2010年代のキーワード「インセル」とその英雄エリオット・ロジャー

2010年代の犯罪シーンを語る上で重要なキーワードのひとつが「インセル(incel)」だ。”involuntary celibate”、「不本意の禁欲主義者」あるいは「非自発的独身者」の略語で、当初は単に「恋愛したいが相手がいない独身者」くらいの意味合いであったらしいが、今ではある種のモテない人々を指す単語になった。それはモテない理由を自分自身ではなく相手の側に求め、性差別や人種差別的な感情をあらわにする暴力的な思想を持つ人々である。

インセルのコミュニティがアメリカのインターネットフォーラムに存在するが、そのメンバーの多くは白人の男性で、異性愛者であると言われる。彼らが強く憎悪するのは女性だ。インセルは心に強い不満と怒りを溜め込んで根深い人間不信に陥っており、女性や女性に好まれる男性たちを敵視している。フェミニズムや女性の権利を敵視して女性への罰として性暴力を煽る一方、自分たちがモテないのは進化における敗者だからだと自己憐憫に浸る。

そんなインセルたちが英雄視している人物がいる。エリオット・ロジャー。2014年に米カリフォルニア州イスラビスタで銃乱射事件を起こし、6人を殺害した大量殺人犯である。

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インセルたちの「聖人」

エリオット・ロジャーは1991年、英ロンドンで映画制作に関わる父親とマレーシア人の母親の間に生まれた。5歳の時に米ロサンゼルスに移住する。その後両親は離婚し、ロジャーは妹と共に母方に引き取られたが、その生活は金銭的に豊かで十分な教育も与えられていた。

エリオット・ロジャー(Murderpediaより)

内向的なロジャーは学生時代いじめられるなど、対人関係に問題を抱えていたという。友人も恋人も作ることができずに鬱屈を募らせ、カップルや気にくわない女性グループに対して暴力沙汰を起こすようになった。やがて精神的な問題も抱えるようになり、家族の勧めで精神科医やカウンセリングに通うようになる。だが2012年ごろ、彼は治療も拒否するようになる。

これは、ロジャーが自身のブログやYouTubeで活動するようになった時期と一致するようだ。彼はネット上に自らの思いの丈を綴り、女性への憎悪や怒りを吐露した動画を配信していた。

やがてその異常性はヒートアップし、ロジャーは大量殺人事件を起こす本格的な準備を始めるようになる。計画を立て、銃器を購入し、射撃の訓練を受けた。事件の3週間前、家族はロジャーの異常に気づいて警察に通報しているが、彼を止めることはできなかった。

2014年5月23日午後9時半ごろ、ロジャーはまず、自分のルームメイトを含む男性3人を滅多刺しにして殺害した。彼らはいずれも中国人で、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の学生だった。

この犯行ののち、ロジャーは「My Twisted World:The Story of Elliot Rodger」と題した長大な犯行声明文をセラピストや家族などにメールで送信し、YouTubeに「Elliot Rodger’s Retribution」という動画をアップしている。

動画の中でロジャーは、「人類に対する、お前ら皆に対する報復だ」と語る。その理由について、「自分は22歳なのにまだ童貞であり、女を誘っても誰も付き合ってくれなかった」と言い、「女たちが自分以外の男とは付き合うのに、自分とは付き合ってくれない」と怒りと満たされない欲望を吐露している。また、犯行声明文の中では自分がアジア系であることがモテない理由だとし、「なぜ半分は白人でイギリス貴族の血を引く自分が女と付き合えないのに、奴隷の子孫である黒人の男どもが白人の女を手に入れられるのか」と自分が置かれた状況がいかに理不尽かを述べている。

メールや動画を見た人々は、ロジャーに犯行を思いとどまらせようとした。しかし時すでに遅く、カリフォルニア大学サンタバーバラ校近くの通りに移動したロジャーは、自分のBMWの中から次々に通行人らを銃撃し、車で撥ねていった。警察に追い詰められたロジャーは、車内で自らの頭を撃って自殺した。この一連の事件で6人が亡くなり、14人が負傷した。

犯行に使われた車に乗るロジャー(Murderpediaより)

続く事件

エリオット・ロジャーの暴力的で女性蔑視、人種差別的な犯行声明は大きな反響を巻き起こした。多くは彼の犯行とその極端な思想を批判するものであったが、一方で共感を抱いた者も少なくなかったようだ。結果、ロジャーはインセルコミュニティの中で賞賛され、英雄視され、聖人のように祭り上げられる存在になっている。

そして、彼に続けとばかりに同様の銃乱射事件が続発するようになる。BBCによれば北米で少なくとも3回、インセルによる大量殺人事件が起きている。

残念なことに、最近では日本でもインセルの概念が注目されつつある。アメリカでの犯罪傾向は大体10年遅れくらいで日本に伝播してくるという。2020年代に引き継ぎたくないトレンドであるが、Twitterなどの状況を見るに、同様の事件は日本でも目立ってくるのではないかという気がしている。

<参考>
2014 Isla Vista killings Wikipedia(英語)
Incel Wikipedia(英語)
‘I used to be an incel’ BBC(英語)
Elliot Rodger: How misogynist killer became ‘incel hero’ BBC(英語)
Murderpedia 英語。画像はここから引用。

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