被害者100人以上の知られざる日本最悪の連続殺人犯 石川ミユキ

殺人事件に関する海外サイトを見ていると、思いがけないところで日本人の名前に出くわすことがある。その一人が石川ミユキで、「female serial killer」とかのキーワードで調べているとアイリーン・ウォーノスとか有名な女性殺人犯と並んで出てくるから驚く。

日本ではあまり有名でない石川ミユキだが、英語を始め各国語版のWikipediaも存在するし、Murderpediaにも項目がある。「Damon midwife(悪魔の助産師)」と題して英語で書かれた解説も結構出てくるから、知る人ぞ知る日本の殺人鬼的扱いを受けているようだ。

だがそれも当然。彼女は夫や共犯者と共に100人以上を殺しているとみられる連続殺人犯なのだ。被害者数から見て間違いなく日本で最悪ともいえる殺人鬼で、世界を見ても稀にみる凶悪犯罪者といって差し支えないだろう。

なのに日本ではあまりその名前を聞かない。それも当然。彼女が逮捕されたのは第二次世界大戦の終戦直後、そして死に追いやられたのは親が育てられず手放した赤ん坊たちだからだ。

逮捕時の写真

寿産院事件

石川ミユキ(当時52)は助産師で、夫の猛(当時58)と助手と共に新宿区柳町で寿産院を営んでいた。彼女は1944年ごろから新聞に広告を出し、様々な事情から子供を育てられない親たちから乳幼児を預かる代わりにお金を受け取っていた。その数は逮捕された1948年1月時点で240人に達していた。

事件が発覚したのは偶然だった。寿産院に頼まれ、亡くなった乳幼児4人の遺体を火葬場へと運んでいた葬儀屋が警察の職務質問を受けたのだ。怪しんだ警察はこの葬儀屋を取り調べ、遺体を解剖した。

葬儀屋はその前年の8月ごろから、全部で20体以上の乳幼児の遺体を運んでいたと話した。また、司法解剖で子供たちが栄養失調で亡くなったことが判明、さらに、過去4年に100人以上がやはり栄養失調で亡くなっていることが分かったのだ。

警察は寿産院の捜索を行ったが、そこは地獄のようなありさまだったという。わずか3畳ほどの部屋の粗末なベッドに7人の乳児が並んでいたが、真冬なのに肌着一枚しか着せられていなない上、栄養失調でひどく衰弱しており、うち1人はすでに亡くなっていた。

すぐさま経営者の石川ミユキ、夫の猛、そして当時25歳の女性助手が逮捕され、大きなニュースとなった。しかも、石川ミユキは逮捕の前年、新宿区議会議員選挙に立候補(落選)していた人物だった。寿産院には我が子を預けた親たちが血相を変えて訪れたというが、保護された子供の半数は孤児院に預けられたという。

保護された我が子を抱きしめる母親

貰い子殺し

なんとも痛ましい事件であるが、その動機は非常にわかりやすい。金だ。

子供を預かる代わりに親たちから受け取った金(6000〜9000円)、そして子供を養子に引き取りたいと申し出た人々からの金(300〜500円)、さらに行政からも補助金が出ていたほか、配給品のミルクは闇市に流して売った。預かった子が死ねばさらに酒がもらえたので、それも闇市に流していたのである。夫妻はこの“ビジネス”で100万円近い金を儲けたとみられている。

しかし、いくら戦中・戦後の混乱期だとはいえ、どうしてこのような凶行が発覚しなかったのか。なぜ偶然警察が疑いを持つまで、寿産院は荒稼ぎを続けられたのか。

どうやら石川ミユキらは役所や関係者らに酒を融通したりして、様々な便宜を図ってもらっていたようなのだ。疑わしい乳幼児の死亡が相次いでいても、書類さえ揃ってさえいれば受け付ける……そんなある種の共犯関係があったらしい。

当時は皆が貧しい時代だった上、堕胎が禁じられており、様々な事情から育てられず捨てられた子供が溢れていた。そして行政にもその子達を養育する余裕はなかった。そんな厄介ごとの解決策として寿産院が利用されていたのだろう。事実、事件が発覚してからも「殺されても仕方がなかった」という世間からの擁護の声があったというし、同様の事件はその後も発覚している。

1948年10月11日、東京地裁で石川ミユキに懲役8年、夫の猛に懲役4年、そして助手には無罪が言い渡された。あまりに軽すぎる判決に驚くが、1952年の控訴審では石川ミユキに懲役4年、猛に2年の判決が下されている。

なお、同様の貰い子殺人は戦前から社会問題化しており、1905年の佐賀貰い子殺人事件や1933年の川俣初太郎による事件では犯人らが死刑になっている。それらの事件と比較しても、この判決は軽すぎるといえるだろう。

ちなみに、いい加減な海外サイトではなぜか作家で評論家の宮本百合子の顔写真が石川ミユキのものとして扱われている。宮本百合子は『“生れた権利”をうばうな』と題して本事件について批判的な文章も書いている。ひどい話だ。

参考
判決から見る猟奇殺人ファイル 丸山佑介 彩図社
昭和毎日 当時の新聞記事と写真が少し見られる。
寿産院事件(Wikipedia) 画像はここから引用。

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