映画が描いたある殺人犯をめぐる『真実』 佐川一政とその弟

1981年6月11日、フランス・パリに留学中の日本人学生佐川一政が、友人のオランダ人女性留学生を殺害、その遺体を陵辱したのちに食べ、ブローニュの森に遺棄するという事件が起きた。いわゆるパリ人肉事件である。

この事件の犯人、佐川一政に焦点を当てた映画『カニバ パリ人肉事件38年目の真実』(フランス・アメリカ合作)が2019年7月、日本でも公開された。劇場公開と当時にアマゾンなどでも配信開始している。撮影された2015年当時、佐川は脳梗塞で倒れて実弟の介護を受ける身となっていた。幼少時の話や事件のこと、そして事件後に日本で起きたことなどを淡々と話す老いた佐川の顔を、カメラはひたすらクローズアップし続ける。

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事件のあらまし

犯人の佐川(当時32歳)は会社社長の家に生まれ、何不自由のない生活を送っていたが、生まれつき体が弱く、身体にコンプレックスを抱えていたようだ。そのためか健康で豊満な白人女性に強い憧れを持っており、事件前、日本でも近隣に住む外国人女性を襲う事件を起こしている(父親の介入で示談に)。

フランスで逮捕された佐川は犯行を認めたものの、心神喪失で不起訴処分となった。一説に、捜査当局は幼少時に罹患した腸炎を脳炎と勘違いし、佐川は脳に異常があるものと判断されたといわれている。無罪となって精神病院に入院するも、翌年日本に帰国した。帰国後も精神病院に入院したが、一年後に退院している。日本の警察は佐川を逮捕して再び裁判にかけようとしたようだが、フランス当局から捜査資料引き渡しを拒否され断念している。

その後、佐川は作家・コメンテーターとして活躍しだす。私自身はよく知らないのだが、一時期はスポーツ新聞やバラエティ番組にも出演する結構な人気者だったそうだ。しかし遊びを覚えて金に困るようになると(父親は事件を受けて会社を退社している)、AV出演などより過激な活動に走るようになった。

映画の描く『真実』

(以下ネタバレあり)

映画の惹句では「途中退席者続出」とさぞ見るもおぞましい過激な映像があるかのように書かれているが、佐川出演のAV映像とか犯行の様子を描いたマンガの映像以外はそれほど衝撃的なシーンはない。途中退席者の多くは、病気の影響でしっかり喋れない佐川の吐息交じりのボソボソした語りや鼻息、ズルズルくちゃくちゃと音を立てて食事する姿が耐えられなかったのではないだろうか。映画館の音響で聞くようなものじゃない。正直私は辛かった。

映画の中で佐川が語る内容はそれほど面白くも目新しくもない。事件の真相について、観る者が期待するようなことを語っているわけでもない。ぶっちゃけ「よくわかんないなこれ」と退屈さえしていたが、中盤に差し掛かったあたりで驚愕することになった。

兄の性的指向や悪趣味な自作マンガに批判的で、かなりまともに見えた弟が、実はとんでもないマゾヒストだと発覚するのである。そして脇役だった弟はカメラの中央に躍り出て、自らの体に有刺鉄線を巻き、熱いロウソクを肌に垂らすのであった。

この映画のキモはこの弟の告白にある。そういう血だと片付けてしまうのは簡単だが、彼はずっと、兄にもその趣味を隠し続けていた。そして何より、兄と異なり、弟の趣味は他の誰かを傷つけたりましてや殺してしまうものではない。彼はずっと一人で、自分の体だけを対象に行為を続けていた。

この弟のように一見まともそうな人間(実際真面目なタイプの人に思われる)も、心のうちに人に言えない秘密を抱えていることを示し、佐川一政の秘める『異常性』が言われているほど異常なものなのかを問いかけてくる……それこそがこの映画の明かした真実であり、衝撃なのだろう。

あんまりおすすめはしないが、機会があれば見てもいい映画とは思う。

ちなみに、最後のシーンでなぜかメイド服の女性が出てくる。最初は特殊な介護師なのかと思ったが、彼女は里見瑶子という女優で、過去に佐川とAVで共演したことがあるという。撮影協力に対する監督から佐川へのサプライズプレゼントであったらしく、メイド服は監督の要請で着たのだとか。そういうの、映画の中で説明すべきでは……?

なお、佐川の弟である佐川純氏はこの映画の日本公開をきっかけに自伝『カニバの弟(東京キララ社)』を出版、さらに公開に伴うイベントでも自らの趣味を披露している。この映画で一番救われたのは間違いなく彼だろう。

参考
カニバ パリ人肉事件38年目の真実 映画公式サイト。

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