歴史学者の密やかな趣味 アナトリー・モスクビンと「人形」たち

ロシア西部にあるニジニ・ノヴゴロド。ロシアで5番目に大きな都市で、2011年、一人の男が逮捕された。男の名はアナトリー・モスクビン。1966年生まれの独身男性で、ケルトの歴史と伝承を専門とし、13ヶ国語を操る優秀な言語学者だった。

きっかけは同居していた両親の通報だった。彼らの息子は子供大の人形のコレクターで、両親も最初は気づいていなかったが、それは本物の人間の遺体を加工して作ったものだったのだ。モスクビンは3〜15歳の少女26人の遺体を墓から掘り出してミイラに加工し、ドレスを着せて「人形」として部屋に飾っていたのである。

アナトリー・モスクビン(wikipediaより)

アナトリー・モスクビン(wikipediaより)

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13ヶ国語を操る優秀な言語・歴史学者

モスクビンは幼い頃から墓地や埋葬の儀礼に強い興味を抱いていたらしい。そのきっかけは、子供の頃に目撃した12歳の少女の葬儀だったという。参列した彼は、少女の遺体にキスするよう強要され、彼女と指輪を交換する「儀式」を行ったのだそうだ。いわゆる「死後の結婚」で、この体験はモスクビンの心にその後も強く刻まれることとなった。

モスクワ大学で文献学を学んだモスクビンは、ケルトの文化や歴史を主に研究するようになった。彼はとりわけケルト人の葬儀や死生観に興味をもっていたという。言語学者として地元の大学で講師をしたり、研究者として本や論文を発表したりしており、学術の世界では優秀な研究者として知られていた。

2005年には同僚などと一緒に、ノジニ・ノヴゴロドの700以上の墓地を調査している。この際、彼は干し草の山で眠り、時には棺桶で夜を過ごしたという。泥棒と間違われて警官に尋問されたこともあったそうだ。2006〜2010年には地元紙で墓地の歴史に関する記事の執筆などもしていた。

モスクビンは一匹狼と評される、少し風変わりな人物だった。女性とデートすることもなければ結婚もしておらず、童貞だったという話すらある。酒やたばこもやらなかった。しかしながら善良な人物ではあったようで、同僚の一人はモスクビン逮捕直後のインタビューで「これは何かの間違いで、彼はすぐに釈放されると思う」と答えている。

「死」への興味の果てに

研究者としてのまともな活動の裏で、モスクビンは死んだ子供の墓を暴き、その遺体をミイラに加工して人形にすることに情熱を燃やし始めた。

逮捕後のインタビューによれば、犯行の動機はあくまで「死んだ子供たちへの同情心」によるものだった。

彼はケルトのドルイドたちの風習を真似て、子供の墓の上で眠って彼らの霊と対話したという。彼は新聞で子供の死亡記事を見つけては、その墓で眠った。その行為は20年以上にも渡って続けられていたそうだ。

墓を荒らして遺体を持ち出し始めたのは、モスクビンが年老いて、墓の側の地面で眠ることが難しくなったからだ。モスクビンは子供たちの霊から許可を得たうえで遺体を持ち出したと主張している。

モスクビンは「人形」作りに10年もの歳月をかけた。

モスクビン曰く、それは墓から連れ出した子供たちを「生活に戻す」ための行為だった。彼の家からはミイラに関する書籍や資料が見つかっている。それを参考にしたのだろうか、まず遺体は、塩とベーキングパウダーで乾燥させた上で家に運ばれた。痛んだ遺体の手足を布で巻き、つめものをして形を整え、さらに子供服やカツラで飾った。一部の「人形」にはオルゴールを仕込んで、触ると音が出るようにした。

後の捜査で、「人形」の中から墓石や干からびた心臓、病院のタグなどが見つかっている。いずれも子供たち自身のものだとみられている。

発見された「人形」は少女のものばかりだった。そのため、当初はネクロフィリア的な欲求によるものとも考えられたのだが、モスクビンは自分はネクロフィリアではなく、「人形」を自分の娘のように可愛がっていただけと主張している。

彼は「人形」たちと対話し、歌を歌い、誕生日にはパーティをしていた。一方で、気に入らない「人形」もいて、それらはガレージに置かれた。「人形」が少女の遺体ばかりだったのは、子供を持たなかった自分の人生への後悔と、娘の誕生を望んだ自らの両親の願いをくんでのものだったそうだ。

モスクビンは「この行為が犯罪だと分かっていたが、死んだ子供たちの助けを求める叫びを無視することはできなかった」と話している。

2011年11月2日、モスクビンは墓荒らしの罪で逮捕された。彼の部屋やガレージからは26体もの「人形」が発見された。

警察は150以上の墓を冒涜したとして捜査した。モスクビンは捜査に協力的で、裁判で懲役5年の刑が言い渡された。だが、精神鑑定の結果、妄想型統合失調症と診断され、服役せずに精神科で治療を受けることとなった。

その後、彼の症状は良くなっていないようで、2016年には治療の延長が認められた。2018年10月にも裁判所が解放を検討したが、またしても退院は認められなかった。2020年11月、医師らはモスクビンが回復したので釈放すべきとの結論を出したが、釈放の可否を決める裁判に出廷したモスクビンは被害者の親族に対し「反省はしていないし謝罪もしない」と言い放ち、今も精神病院にいる。

参考
Anatoly Moskvin (wikipedia) 英語
Russian grave digger dresses up 29 bodies and puts them on display at home (The Telegraph) 英語。「人形」の写真あり。
Pravda 英語。2018年の報道。

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