食糧としての「人間」を考える 人類のタブー・カニバリズム

2017年9月、ロシア・クラスノダールで連続殺人を行っていた夫婦が逮捕された。この夫婦、なんと殺した人々の遺体を解体し、調理して食べていたのだという。

逮捕されたのは、ドミトリー・バクシェーエフとその妻ナタリア。彼らは遺体や「料理」を撮影しており、一緒に自撮りまでしていたそうだ。逮捕のきっかけはそんな画像のつまったスマホの紛失で、拾った人が画像を見て犯行が発覚したのだという(トカナの記事で画像の一部が見られるが、閲覧超注意)。被害者は分かっているだけで少なくとも7人、30人以上にも及ぶとみられており、食人の動機も今の所不明だ。

ロシアでは2015年にも「切り裂きばあさん」タマラ・サムソノバによる殺人、人肉食事件が起きている(CNNの記事)。古くはアンドレイ・チカチーロも殺人後に食人行為を行っていたが、チカチーロは幼少期、第二次大戦中に食糧難から食人を経験していたという(この凄惨なエピソードはかのハンニバル・レクターに受け継がれた)。第二次大戦後も旧ソ連では闇マーケットで人肉が売られていたというような話が存在するので、現代のロシアで食人事件が起きる素因はその辺りにもあるのかもしれない。

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人間が人間を食べるということ

当たり前だが、人間が人間を食べるのはタブーだ。ただ、大不況時に食人事件が起こるのもまた世の習いである。第一次大戦後のドイツには食人で有名な連続殺人犯が三人もいる。日本でも第二次大戦後すぐに、群馬県で女が夫の連れ子を殺し、その肉を鍋にして家族で食べたという事件が起きている。

カニバリズムは太古からほとんどの文化で倫理的にアウトとされ、ほとんどの人にとって想像するのも嫌なほど生理的な嫌悪感が強いだろう。他に食べるもののない極限状況なら、たとえそれが人肉でも食べるという人もいるだろう。だが、そんな状況でも食べない人々がいた(そして餓死して食べられた)ことは様々な記録に残っている。カニバリズムへの忌避感はそれほど強い。

とはいえ、人肉を当たり前に食べていた文化も存在する。有名なのは南米のアステカ文明だろう。彼らは戦争捕虜を生贄にして殺した後、その肉を食べていたという。また、宗教儀式として遺体を食べる文化はアジアの各地にも存在した。死者を弔うために葬送の儀式として遺体を食べたり、あるいは特別な力を得る儀式として強力な戦士や徳の高い僧侶の死体を食らったりしたのだ。また、中国などでは病を治す薬として人肉が食されていたという。

16世紀ブラジルの食人の様子を描いた絵(Wikipediaより)

また、初期人類は日常的な栄養源として人体を食していたという説もある。世界各地の遺跡で数十万年前の初期人類が人肉を食べていた考古学的な証拠が見つかっている。さらに、人間にはプリオン病に対する抵抗遺伝子が存在しており、これはかつて広く食人が行われていた名残ではないかという。

食糧としての人間

そもそも、人間は人間の食べ物として適しているのだろうか?

当たり前だが、人肉食はリスクが高い。豚の生食がタブーとされてきたのは共通の病原菌や寄生虫が多いからだが、同族たる人間を食べるリスクは当然豚以上となる。パプワニューギニアの風土病・クールー病はその最たるもので、遺体を食べて弔うという風習によって、病原性プリオンを含む脳を食べた女性や子どもが犠牲になった。

人肉食のタブーはその危険性ゆえなのだろうか?もちろんそれもあるだろうが、一番の理由はもっと単純なものかもしれない。人間は低カロリーで、エネルギー源として合理的ではないのだ。

実は、人間をパーツごとにカロリー計算した論文が存在する(Scientific Reports 7, Article number: 44707)。といっても、人間の肉や臓器を実際にカロリーメーターで計測したのではない。過去に献体された人体を使って行われた成分分析を元に推測した数字である。

この論文によると、体重66kgの成人男性を丸ごと食べた場合、総カロリーはおよそ14万4千kcalほど。骨格筋のみだとおよそ3万2千kcalであった。ちなみに中国では男より女の肉、大人より子供の肉がうまいというような話があるらしいが、論文によれば0〜4歳までの幼児だとトータルで1万2千kcal、骨格筋のみで662kcalだという。

人体各部位のカロリー(The Vergeより)

人間の筋肉1kgあたりのカロリーは1300kcal。対して同じ重量のマンモスの肉は2000kcal、熊で4000kcal、牛は2040kcal、さらに魚1300kcal、鳥2500kcalなどとなっている。人間の肉は低カロリーなのだ。同族相手に戦争して捕虜にしたり食用の人間を育てたりするより、他の動物を狩猟や牧畜で食料にした方が効率がいいということになる。逆に言えば、そうでない場所——人間を食べた方が効率の良い場所では日常的に人肉食が起こりうるということにもなる。

いずれにしろ、食糧事情の良い現代社会において人間が人間を食べる理由など、食人者たちの自己満足的な精神的充足以外にありはしない。

参考
人肉はカロリー低め、旧人類はなぜ食べた?(ナショナルジオグラフィック)
How many calories is that human? A nutritional guide for prehistoric cannibals (The verge) 英語。文中の画像はここから引用。
カニバリズム(Wikipedia) 文中の画像はここから引用。
Assessing the calorific significance of episodes of human cannibalism in the Palaeolithic (Scientific Reports)

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