フランス・パリ郊外にあるアルフォールの獣医学校には、フラゴナール博物館という解剖学のコレクションを集めて展示する施設がある。
ここには「黙示録の騎士」と呼ばれている奇妙な標本がある。馬に乗った人間の模型なのだが、馬も人間も皮を剥がされ、筋肉や内部の組織をさらけ出している。無論、本物の人間と馬の死体から作られたものだ。
皮剥人体模型・エコルシェ
皮を剥いで筋肉や血管などを見えるように加工した標本をエコルシェという。まだ冷蔵庫はおろか冷凍庫もない時代、医学や獣医学の教育・研究には新鮮な遺体が必要不可欠で、実物に近い標本や模型の役割は今よりずっと重要だった。
標本の作成技術は急速に発展し、人間や動物の様々な標本が競うように作られ、グロテスクで芸術的な標本の数々は公開され、人々の話題をさらった。フラゴナール博物館の前身となった解剖学コレクションやイギリスのハンテリアン博物館はそのような場所の一つだった。
「黙示録の騎士」はそんな時代に作られた傑作の一つだ。作成者はオノレ・フラゴナール。アルフォール獣医学校の創立にも関わった高名な学者であり、エコルシェ作成の名手として多くの標本を残した。なお、画家のフラゴナールは従兄弟に当たる。
グロテスクながらも躍動感があり美しいこの標本は、ロジェ・グルニエという作家により魅力的な短編小説の題材にもされた。
この小説によれば、「黙示録の騎士」は製作者の若くして死んだ恋人の遺体が用いられているという。もっとも「黙示録の騎士」の人間の方をよく観察すると、用いられた遺体が男性のものであることが分かる。だが、こんなロマンティックな噂話がまことしやかに囁かれるほどに、よくできた標本なのだ。
フラゴナール博物館は彼にちなんで名付けられ、獣医学に関する標本や資料とともに、「黙示録の騎士」などのフラゴナールが手がけたエコルシェが展示されている。
参考
フラゴナール博物館 公式サイト フランス語。
Musée Fragonard de l’École vétérinaire de Maisons-Alfort Wikipediaフランス語版。画像はここから転載。